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【アニメレビュー】呪術廻戦 #40 -回帰と派生-

放送開始から話題に尽きない呪術廻戦。今回は恵対甚爾戦と宿儺対漏瑚戦を描いた#40について、原作から大幅に追加・アレンジされたアクション描写を中心にレビューしていく。


呪術廻戦 #40『霹靂』
脚本:瀬古浩司
コンテ・演出:土上いつき
総作画監督:山﨑爽太
作画監督:丹羽弘美、石井百合子

 

制作スタッフ

 

まずは本話数の主力スタッフについて触れていく。
絵コンテ・演出を担当したのは土上いつき氏。本作には初参加である。以前に#37のレビューで名前を挙げた荒井和人氏や砂小原巧氏、伍柏諭氏、五十嵐海氏の他、本作のキーアニメーターである加藤滉介氏、本話数のキーパーソンの一人である温泉中也氏と同世代(1991年~1995年生まれ)であり横の繋がりが強く、共通して参加する作品も多い。

過去に土上氏が絵コンテ・演出を担当した作品は以下の通り。
併せてこちらもチェックしてみると、後述の画面作りやアクション設計と共通項が見えてくるだろう。
・『モブサイコ100 Ⅱ』(2019年)#11
・『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット- Paladin; Agateram』(2021年)ベディヴィエール対ガウェインパート
・『天国大魔境』(2023年)#2 絵コンテのみ

作画のスタイルとして、Web系*1の流れを汲んだデジタル作画での表現に空間を意識させるレイアウトやカメラワークが特徴である。

 

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総作画監督作画監督には、過去話数にも参加している山﨑爽太氏と丹羽弘美氏に加え、石井百合子氏が本作初参加。石井氏は近年では『アリスとテレスのまぼろし工場』でキャラクターデザインと総作画監督を担当していた他、過去に『Another』(2012年)や『凪のあすから』(2013~2014年)といったP.A.WORKS作品でキャラクターデザインと総作画監督を担当してきた経歴を持つ。

 


そして、原画にはキーパーソンが2人。温泉中也氏とグレンズそう氏である。
温泉氏は本作には第1期のOP1、2において主にサビのアクションの原画を担当した他、近年では『Fate/Samurai Remnant』OPのディレクション・ほぼ全カットの原画*2を担当している。
シャープな輪郭の顔立ちのキャラ作画に、背景動画を使った躍動感とシームレスな繋ぎのアクションが特徴的。
本話数ではXでの投稿通り、恵対甚爾戦を担当。クレジットには原画と3D美術設定協力で載っているが、土上氏の絵コンテにも手を加えている*3他、編集や色調整にも関わっているため、実質絵コンテ・演出も兼任している。原画もアクション込みで計164カット(第2原画なし)と昨今としては驚異的な数字である。


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グレンズそう氏は宮崎創氏の別名義。土上氏や温泉氏より下の世代だが、その世代から影響を受けたであろうアニメーションが特徴。Eve『藍才』MVではディレクター・キャラクターデザイン・絵コンテ・メインアニメーターとして活躍した。
本作では#25(NC)で自販機で飲み物を買った後の五条と夏油のやり取りなど、#32で虎杖対蝗GUYの連打アクションの原画で参加している。
本話数では、宿儺対漏瑚戦の前半部(宿儺「一人を除いてな」から漏瑚「だがここまで」の後のアクションまで)の原画を担当した。

 

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リファレンス

 

さて本編の話に入る前に、本話数に触れる上で避けては通れない作品がある。それは鉄腕バーディー DECODE』である。
ゆうきまさみ先生の漫画『鉄腕バーディー』を原作とし、OVA版(1996年)を経て、TVシリーズとして第1期DECODEが2008年、第2期DECODE:02が2009年に放送された。

過去には土上氏が影響を受けた作品として公言*4しており。りょーちも氏や沓名健一氏、山下清氏といったWeb系アニメーターの知名度を高めた作品の一つでもある。
また、影響はアニメに留まらず、実写作品『マン・オブ・スティール』のザック・スナイダー監督にも及んでいる。
そして、何より原作者の芥見下々氏がリアルタイムで視聴し作画面で衝撃を受けた作品として呪術廻戦 公式ファンブック*5で挙げており、Xでの視聴コメントでは自らを"バーディー世代"と称した。因みに芥見先生は1992年生まれであるため、土上氏や温泉氏と同世代である。

本作では、『鉄腕バーディー DECODE』のオマージュと思われるシーンが存在する。芥見先生が反応したのは恐らく当該カットだと思われる。わかってくれる人(特に芥見先生)にはわかる作り。それでいて本作の雰囲気を壊さないようディティールは調整されている。



 

 

 

アクション設計

 

前置きが長くなってしまったが、ここからは本編に触れていく。
原作から大幅にアクションシーンが追加されている(特記しないものは全てアニメオリジナル)。


恵対甚爾戦


温泉氏担当パートの恵対甚爾戦。ここでは、#37と同様、渋谷という土地に自然とあるものを利用したアクションが本話数にも取り入れられている。また、終始甚爾が優勢なのが分かりやすい見せ方になっている。




工場内でのアクションシーン。前後と異なり甚爾は立ち位置から全く動かないので、カメラは恵や式神にフォーカスして動く。死角からの攻撃にも最低限の動きで反応することで恵との力関係が見て取れる。なお、互いの顔が対面・直視とならないのは、後に恵の顔を見て気付くくだりとの整合性を保つためでもあると思われる。




トラックが飛び道具、乗用車と標識が威力をイメージさせるアイテムとして扱われる。
また、カット割りとしても、以下のような流れで自然に繋げつつ臨場感が伝わる。途中で恵の顔アップなど反応のカットを入れないことで息継ぐ暇もないように捉えられる。
2カット目:真上からの構図でキャラとトラックの位置関係を整理
3カット目→4カット目:黒い制服の恵を突き飛ばされるアクションカットで違和感なく繋ぎ、1カットのように見せる
5カット目:突き飛ばされた恵の後ろに位置する乗用車にカメラを置く、実際に運転席に座ったときとカメラのポジションを合わせることでPOVのような没入感を与える
6カット目:恵が飛び込む先にカメラを置くことで、トラックの動きを映しつつ恵が追い詰められている側であることを示唆する


 

デスクの下を移動でき小回りが利く脱兎を囮にして気を逸らせた後、スプリンクラーを利用して鵺の電撃の威力を上げるアクション。それぞれ恵が操る式神の特性が活かされている。さらに停電し暗い屋内であることで、紫色の電撃の存在が際立っている。


 

その他、アクションシーン追加以外での原作からのアレンジとして、甚爾が脱兎を踏みバランスを崩し攻撃を逸らせるシーンでは、原作ではあるイメージ図を採用せず、脱兎を踏んだことがはっきり分かるカットや游雲(赤い三節棍)の先端の軌道がズレるカットを追加している。これによりアクションのテンポを崩さず、状況も分かりやすい。
その後に接近したタイミングで甚爾が恵の顔を見るのも自然な流れになっている。




甚爾が正気を取り戻し自害するシーン。「禪院じゃねぇのか」の台詞を強調させるために口元のアップにしつつ、頭部を刺したことが分かるように返り血がつく腕が奥側に映るカメラ位置としている。



宿儺対漏瑚戦

 

グレンズそう氏を中心としたパート。恵対甚爾戦と異なり、空中戦や背景動画、炎エフェクト、瓦礫など使われ、戦いの規模が大きく画面も派手なものとなっている。


 

15℃から急激に上昇する温度計と融解するガラスの描写。漏瑚や宿儺が扱う炎が如何に高温なのかが可視化されている。なお、ガラスが融解する温度はガラスの種類にもよるが1200℃~1400℃前後であり、もはや人間が生存できる空間ではないだろう。
この他にも未開封の缶飲料(コーラ)が破裂する描写もある。


 

終始パワーのみならずスピードでも圧倒する宿儺。何度か漏瑚が宿儺の姿を見失う場面があるが、直後、宿儺のBL影で強烈なビジュアルの顔アップをショックコマのように一瞬インサートさせる。唐突さと恐怖のイメージを先行させる見せ方。
この他にも宿儺の腕のみをフレームインさせ攻撃する描写も漏瑚がスピードに追い付いていない様子が表現できている。




宿儺視点でオフィスビル内を背景動画で高速移動するカット。広角でいて目まぐるしく動くカメラワークが躍動感を与える。さらに停電した屋内であることで炎が映える。
他の屋内カット含めて停止すると分かるが、実際のオフィス内さながらにデスクや椅子などが配置されている。屋内の設定を考えて形にする手間はあるが、それに見合うワクワク感が背景動画にはある。


 

漏瑚が自ら生み出したマグマの波をサーフィンする描写。宙に浮けマグマにも触れられるため必要性は薄い(呪力は節約できるのかもしれない)が、シュールさとかっこよさが同居したビジュアルを優先したような見せ方。Web系らしい発想の画面作り。




同じ炎という括りでもその色や形状、質感が作画や色彩、撮影処理で区別されている。また、手元と炎に目がいくよう画面中央の炎を光源とした周辺減光のライティングとなっている。

 

 

その他

 

シネスコ

 

 

シネスコアスペクト比の画面。全編ではなく、冒頭や宿儺の立ち姿などキャラの動きが少ないタメや緊迫感のある場面でのみ使用される。普段の回と異なる特別感が演出される他、画面の上下部分が削られることでキャラに目がいきやすい。このカットではキャラが横方向で腕を伸ばすシネスコに適したレイアウトとなっている。
途中からアスペクト比を変更する際は、如何に変わり目で違和感を残さないようにするかもポイントだが、本話数では作中時間が夜で画面が暗いこともあり違和感は少ない。
なお、シネスコは続く本作#40の土上氏絵コンテパートや『天国大魔境』#2でも使われており、今後、氏の絵コンテ回での特徴の一つとなるかもしれない。

 

止め画



 

(キャラが)止めのカット。キャラを動かさないことでカロリーを抑えられると共に、アクション描写との緩急がつけられる。
加えて、ここでは甚爾が恵を手放した喪失感や後ろめたさにも近い感情を、宿儺の強者として威圧感の表現にも用いられている。また、止めでも間が保てる絵の強さもある。

 

一般市民視点

 

 

背景のみを映したカット。普段は目にしない光景が宿儺と漏瑚の戦いによる街の異変を伝える。照明の点滅がランダムなのも不穏さが生まれる。本話数ではモブキャラが一切登場しないこともあり、視聴者が一般市民の視点で没入感を得られるカメラ位置となっている。



カット繋ぎ

 



場面の切り替わりでも自然なカット繋ぎ。宿儺の腕が後ろにフレームアウトしたタイミングで日下部の手元に切り替わる。その後、日下部が立ち上がる(足が伸びきる)前に走り出すカットに繋げることで違和感がない。
また、全編を通して、高速アクションの合間にスローモーションを用いることで映像に緩急がつきつつ、状況が理解しやすい。
他にも視線誘導で上手く繋いでいるカットがいくつもあるので、カットの繋ぎ目にも注目してみると面白いかもしれない。

 

 

最後に


普段と異なる作画や見せ方をするだけで一部視聴者から反感が出る人気原作のアニメでありながら、本話数は原作者へのリスペクトを込めつつ、原作の要素から上手く飛躍させたアクション回だったのではないだろうか。
本作・本話数に限ったことではないが、アクションシーンでもキャラ作画が整えられているのがこれまでの同系統の回との大きな違いであろう。

芥見先生がリアルタイムで『鉄腕バーディー』を視聴して衝撃を受けたように、本話数が未来のクリエイターが生まれるきっかけになったら、いち視聴者・作画ファンとしても嬉しい限りだなと。

ところで、ここ数週間で制作体制が(悪い意味で)話題となっているが、特にここで深くは触れない。が、制作スタッフに対しての金銭的支援方法については触れておこう。
よく言われる円盤購入については制作現場まで反映されるまでタイムラグがある上に、アニメーターはフリーランスが多いため、円盤が発売される頃には契約が終了して現場を離れていることもあり得る。契約内容によっては追加報酬があるかもしれないが。
確実な方法の一つとしては、pixivFANBOXが挙げられる。Xのプロフェールにリンクを公開している方もいらっしゃるので、そこから辿り支援するのが確実だろう。加えてこちらも制作裏話や担当パートなどを知れる利点もある。

donoue.fanbox.cc



既に放送を終えた#41も絵コンテ・演出に土上氏に加えて伍柏諭氏と山崎晴美氏が参加し、TVアニメでは中々目にすることのない前衛的な表現のアクション回となっているので、そちらも是非。


今回はこんなところで、それではまた。


©芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会
©ゆうきまさみ小学館/PROJECT BIRDY

*1:ネットでの活動からアニメーターに抜擢されたのが始まり。動きや実写映像的な時間感覚を重視したデジタル作画でのアニメーションが特徴

*2:伍柏諭氏の止め画数枚以外 https://x.com/waiwaiburanko3/status/1694570431167279268?s=20

*3:通常はカット数や尺が変わるため、原画担当が前工程である絵コンテに手を加えることはほぼない、行う場合は関係者との調整が必要となる

*4:『MdN vol.294』MdN編集部 (編集) https://www.amazon.co.jp/%E6%9C%88%E5%88%8AMdN-2018%E5%B9%B410%E6%9C%88%E5%8F%B7%EF%BC%88%E7%89%B9%E9%9B%86-%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%81%AE%E4%BD%9C%E7%94%BB%EF%BC%89%EF%BC%BB%E9%9B%91%E8%AA%8C%EF%BC%BD-MdN%E7%B7%A8%E9%9B%86%E9%83%A8-ebook/dp/B07CGHH931/ref=sr_1_5?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=1JX6KHI5G94VY&keywords=MdN+vol.294&qid=1700361759&s=books&sprefix=mdn+vol.294%2Cstripbooks%2C157&sr=1-5)や『アニメ制作者たちの方法 21世紀のアニメ表現論入門』フィルムアート社(出版) https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E5%88%B6%E4%BD%9C%E8%80%85%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E6%96%B9%E6%B3%95-21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E8%AB%96%E5%85%A5%E9%96%80-Next-Creator-Book/dp/4845918080 内で発言

*5:『呪術廻戦 公式ファンブック』芥見下々 (著)  https://www.amazon.co.jp/%E5%91%AA%E8%A1%93%E5%BB%BB%E6%88%A6-%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF-%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9DIGITAL-%E8%8A%A5%E8%A6%8B%E4%B8%8B%E3%80%85-ebook/dp/B08TZNMVJ6/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=2T3U97XXHFYR8&keywords=%E5%91%AA%E8%A1%93+%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF&qid=1700361837&s=books&sprefix=%E5%91%AA%E8%A1%93+%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%2Cstripbooks%2C148&sr=1-1