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【アニメレビュー】呪術廻戦 #37 -渋谷駅演出術-

2023年7月より放送中の呪術廻戦第2期。
今回は原作でも人気が高い渋谷事変から主人公虎杖と弟の仇を討つべく奮起する脹相の激闘が描かれる#37。これまでの話数とは明らかに異なる演出と画面作りに着目してレビューしていく。


呪術廻戦 #37『赫鱗』
脚本:瀬古浩司
絵コンテ・演出:荒井和人、砂小原巧
演出協力:青木youイチロー
総作画監督:矢島陽介、森光恵
総作画監督補佐:小磯沙矢香、山﨑爽太
作画監督:野田友美、崎口さおり、大房彩花、高田陽介、藤原優花、中西優里香、伊藤進也、山本彩、中山智代、北村晋哉、西島央桐、山崎杏里、Roccia Nobili
作画監督補佐:李朗賢、富川加菜、しなか、三上山直美

 

 

制作スタッフ

 

まずは本話数に関わった主要な制作スタッフについて触れよう。
絵コンテ・演出は本作初参加となる荒井和人氏と砂小原巧氏の2名。どちらもTRIGGER出身のアニメーターであり、交友関係も深いようである。アクション・エフェクト作画に定評がある。
共通して参加している作品も多く、伍柏諭ディレクションの『Fate/Apocrypha』#22(2017年)や『モブサイコ100 Ⅱ』#5(2019年)、荒井氏が監督を務めた『劇場版 フリクリ プログレ 』(2018年)*1や『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット- Paladin; Agateram』(2021年)などが挙げられる。
絵コンテ・演出の経験は荒井氏は複数回あるが、砂小原氏は本話数が2回目である。

 


上記に挙げた作品はいずれも素晴らしいが、個人的には『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット- Paladin; Agateram』を推したい。並行して行われる戦いごとに絵コンテ・演出が振り分けられている作りで、砂小原氏もその内の一人。建物の構造やワイヤーを活用したスタイリッシュな画面が見られる。
reme-aniro9.hatenablog.com


因みに荒井氏ご本人から制作秘話が語られているので是非読んでみて欲しい。単なる原作再現ではなく、より良い映像となるよう新しい試みに挑戦した創造性に富んだ制作現場の様子が伝わってくる。こうした作り手の実名や具体的なツールの名前が挙がる話はごく一部のインタビューしかないため貴重。中には専門用語もいくつかあるが、調べながら読めばおおよそは理解できるだろう。因みに文中に登場する みそは土上いつき氏、五十嵐は五十嵐海氏のことである。



演出協力には青木youイチロー氏。制作進行出身であり、荒井氏や砂小原氏と組むのは恐らく本話数が初。Bパートの106カットほどを担当している。ご本人曰く大学時代からお世話になっているとのこと。



総作画監督作画監督にはこれまでの話数にも参加してきたスタッフが名を連ねている。
原画には、原作者の芥見下々先生が挙げていた竹内哲也氏の名前も。本作には初参加であり、どういった経緯で参加されたかは不明だが、『天国大魔境』#1、#10(2023年)では荒井氏と共にクレジットに載っているため、その繋がりなのかもしれない。
他にも本作初参加として、『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット- Paladin; Agateram』に参加していた酒井智史氏や高橋健氏、MYOUN氏、FEI HUNG氏らの名前も。

 

 

 

 

演出

 

ここからは本編に触れていこう。
それでは演出面で気になったポイントをピックアップ。

 

標識・案内板


まずは初見でも印象に残るのは標識・案内板を使った見せ方ではないだろうか。
原作にはないアニメオリジナル要素である。アニメの演出としては割とポピュラーではあるが、本作では実在する渋谷を舞台にして背景を作り込んでいるからこそ、リアリティを高めている。
しかし、その分キャラの位置関係を考慮したカット割りが求められるものでもある。
また、ただの背景ではなく、演出あるいは光源としても機能させている。

 

序盤の虎杖が五条の元へ向かうべく走るシーン。そこで度々標識や案内が映される。
ここでは、「止まれ」など禁止や注意を知らせる表示が虎杖に対しての警告、「あぶないので駅構内では走らないでください」の前で走らせることで危険を顧みない行動の表れとも読み取れる。

 

 


脹相の穿血により道路標識が真っ二つに切断されるシーン。一度映した際には虎杖の影を標識の人間のアイコンと重ねることで、この先で虎杖が裂傷を受けることを示唆している。
因みに地下と地上で位置関係が合っているかは君の目で確かめてくれ!



メカ丸による赤血操術の解説シーン。ここではイメージカットのように脹相が扱う技の名前とアイコンの表示になっている。退屈させず視覚的にも分かりやすいひと工夫。
右矢印のアイコンが指す先に脹相がいるのもさりげない。


間の持たせ方・緊張感の作り方

 

 


1対1という外野がいないシチュエーションにおいて、アクションの合間での間の持たせ方や緊張感の作り方も印象的だった。
キャラを動かさずとも、火花やスプリンクラー、破裂した水道管の水を映すことで画面内に動きが生まれ、間が保たれる。キャラの体に当たり跳ねる水飛沫は作画で描かれているところも目を引く。
Bパートの男子トイレでは、虎杖と脹相が構えながら向き合って約20秒間の時間が流れる。その中でキャラは動かさずに排水溝のカットを合間に挟み、排水溝に血が流れる→血が流れ切り波がぶつかる様子を映し、時間経過と共に波がぶつかる=アクションが始まることを視聴者に予感させる。



虎杖が固唾を飲むクローズアップ。眼を映さないレイアウトにより、画面中央付近の喉に目がいく。
こうした息を吐く、手を握るなどワンクッションの芝居がアクションの手前にあるとキャラの緊張感が伝わってくる。


アクション設計


本話数は丸々一話でアクション描写がある。地下の駅構内での1対1という限られた環境下でどのような工夫があるのか見ていく。
これらもほとんどがアニメオリジナルの見せ方である。


構図・カメラワーク

 

 

さほど天井が高くない駅構内という閉鎖空間を広く見せる工夫。天井近くや足元にカメラを置きキャラの全身が映るロングショット、広角の構図などが見られた。
カメラがキャラに寄りがちなアクションと緩急をつけるためにも一役買っている。


 

Bパートの男子トイレでのアクション。ここはAパートよりもさらに狭い空間である。
小便用の便器側にカメラを置きキャラを真横から映すカットでは、恐らく現実では不可能な画角となっており、アニメならではの構図となっている。
その他、カメラを足元に置いたり、斜めに傾ける、キャラの周囲を回り込ませるとでアクションに躍動感が増す。




本話数ではPOV*2のカットがいくつか見られる。
視聴者の没入感を高められると共に、キャラの視野や行動に説得力を持たせることができ、上記カットの場合であれば、この後のカットで虎杖に背後を取られる流れも自然に映る。
脹相の構えが矢印のように体がどの方向を向いているのか直感的に分かるのも面白いところ。まるでFPSのゲームのような。

 

その場にあるものを活用する

 



個室内の手すりを利用し体勢を立て直しそのまま蹴りに繋げるアクション。
このアクションのために逆算して手前では仰向けの体勢になるようなアクション設計になっていると思われる。
蹴り飛ばした際に壁を貫通させるのも蹴りの威力を物語る。




拳のぶつかり合いで画面手前にある個室トイレの壁が吹き飛ぶ描写。破片を放射線状に飛び散らせることでショックコマのような役割を果たしている。

ところでトイレ内のアクションで便器に顔を突っ込ませるといった描写はギャグに見えてしまうからなのか存在しなかった。

 

破壊描写

 

 

脹相の赤血操術によって、壁や前述の標識など現実にも存在する物体を破壊させることで、フィクションである赤血操術の威力のイメージが掴みやすくなる。
加えて、光源となる照明や案内板を破壊することで辺りが暗くなり、画面が単調にならないようフィールドの見た目を変化させている。


ライティング・色彩

 

 

これも本話数で特徴的だった要素のひとつだろう。
過去話数でも夜や暗がりのシーンはいくつもあったが、本話数では意図的に天井の照明を消し、ビビットカラーの照明や広告を残して光源とすることでハイコントラストな画面となり目を引くものに。まるでネオンライトのような雰囲気になり、渋谷という土地のイメージともマッチする。
また、脹相や虎杖の黒を基調をした服装や髪色で暗い中では見えづらくなるところ、リムライト*3により輪郭が分かり視認性が損なわれない。
Bパートのトイレでは赤と青が対比のように強調して使われている。元々赤は虎杖のフードや赤血操術の血の色でもあるため、色数が多くならずまとまりが生まれている。

アニメ制作を考えると、動き回るキャラがその都度どの位置にある光源で照らされているのか計算しなければならないため、明らかに手間が掛かる工程を増やしている。
加えて原作では照明が破損せず明るいままのため、この試みはやらなくとも原作再現として全く問題はないものである。
それでもやり遂げたのは、より良いものにしようという制作側の熱意の表れであるし、実際に完成画面を目にして良いと感じられた人は多いのではないだろうか。

 

音楽・音響

 

アクションが始まる前には劇伴を止め、靴音や水の流れる音など環境音を鳴らし響かせることで緊張感を高める作りとなっていた。
アクションで流す劇伴も過剰でなく映像を引き立てるものであった印象。




こちらは虎杖が黒閃を決めにいくシーン。劇中歌『REMEMBER』*4に音ハメをした#24を想起させるカット割りとなっており、タイミングこそフレーム単位で僅かに異なるものの、音ハメでカットを切り替えていき、目のアップ→ショックコマ→Q.T.B*5と構成が同じである。


www.youtube.com

 

 

その他


上記以外に印象的だったものを一つ挙げる。


脹相の脳内に突如溢れ出す"存在しない記憶"のシークエンス。
画面比率が16:9から4:3へと両端が狭まるように切り替わるが、元々辺りが暗い中で脹相が混乱し視界が定まらないことを表現するように両端を黒帯で点滅させることで、違和感なく切り替わっている。

"存在しない記憶"のシーンは、昔のホームビデオ風に4:3の映像に褪せた色合い、ノイズを乗せたものとなっている。これは#25(第2期初回)でも同様の作りのシーンがあり、それを踏襲したものだろう。
因みに原作では虎杖が脹相に与える食べ物がパンだったのに対し、アニメではパスタと異なっており原作読者にとっても"存在しない記憶"となっている。カットによりキャラの服装が虎杖を想起させるパーカーに変化するのも記憶に侵食されているようで面白い。



最後に


総じて、本話数は原作からの映像化に当たって大幅にアレンジを加えつつも、主たるアクションとドラマを引き立てるものになっていた。今回のレビューではあまり取り上げなかったが、作画面も全編に渡って良く、キャラ作画が整っており、アクションも躍動感があった。また、飛び道具自体はあるものの、剣や魔法ではない近接の肉弾戦というシチュエーションが珍しくもあり楽しめた。


さて本話数が素晴らしかったのは間違いないが、引っ掛かることが一つ。本話数は荒井氏の投稿から察するに実質放送当日の納品であり、クレジットの作画監督や第二原画の人数*6の多さからも制作状況がギリギリであったことが窺える。

前述の荒井氏の投稿にある通り、新しい試みを行うため上流工程に時間を要したことで後続作業に当てるスケジュールが圧迫したとのこと。しかしながら、これまでの複数人のスタッフの投稿からそもそも求められる品質に対しての制作スケジュールが十分でないと思われる。もちろん、真偽や詳細は部外者は知り得ないものではあるが。
どうか本話数のような高品質の話数を作るのであれば、それに見合う十分な制作期間や人員を確保して欲しいものである。少なくとも自分は制作スタッフを壊してまで高品質の作品を求めてはいないことはここに書いておく。



あとは言わずもがな渋谷はとんでもない人の多さなので、聖地巡礼の際にはご注意を。
今後、渋谷に行く用事があるから男子トイレに寄るってくるか...。

今回はこんなところで、それではまた。


©芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

*1:エピソードごとに監督が分かれており、荒井氏は#1『サイスタ』を担当

*2:Point Of Viewの略、キャラの主観となるカメラワーク

*3:後方から光を当て人物の輪郭が照らされる照明効果のこと

*4:#37ではアレンジされたインストVer.

*5:Quick Track Backの略、カメラを急激に引くこと

*6:特に第二原画は個人名で80人に加えて会社名のみのものもあるため、アニメ全体で見てもかなりの数である