【アニメレビュー】その着せ替え人形は恋をする #8
周りを気にせず自分の好きなものと真摯に向き合う本作。これまでの話数よりも一際映像面で見応えのあった#8のレビュー。
その着せ替え人形は恋をする #8『逆光、オススメです』
絵コンテ・演出:川上雄介
総作画監督:中村真由美
作画監督:小林恵祐
はじめに
まずは制作スタッフの話。川上雄介氏は恐らく本話数が初の絵コンテ・演出*1。総作画監督の中村真由美氏は本作初参加。作画監督を務めた小林恵祐氏は単独では2013年放送の『俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる』#3以来と実に約8年振りである。原画には、先日放送されたばかりの『明日ちゃんのセーラー服』#7にも参加したMoaang氏(今回は別名義)やけろりら氏の名前も。
川上氏はこれまでBlenderなどを駆使したアクションを手掛けることが多く、近年では『ワンダーエッグ・プライオリティ』ではアクションディレクターを務め、原画でも#1の決着シーンを担当した。それだけに日常描写が中心の本作でどういった画面設計をするかも注目ポイント。
中村氏はこれまで主にTRIGGER作品でキャラクターデザインや作画監督を担当。川上氏もTRIGGER作品に参加経験があり縁が感じられる。『SSSS.GRIDMAN』や『SSSS.DYNAZENON』のEDにおいては、絵コンテ・演出・作画監督・原画(共同)を務めた。作風もあってこそだが、改めて観ると瞬間の切り取り方が本話数と通じるものがある。
着せ恋8話総作監で参加してました!
— ヨドムラ (@dowagers) 2022年2月26日
各セクションの熱量と爆エモを浴びれてとてもありがたかったです…🙏 #着せ恋 https://t.co/aXTLxWkLdZ
小林氏は『エロマンガ先生』で紗霧アニメーターという独自の役職で一躍有名に。川上氏も参加した『ワンダーエッグ・プライオリティ』ではコアアニメーターとして芝居を中心に多数のカットを担当した。キャラクターの重心を意識したリアリティのある動かし方が特徴。
今回の話数は恵祐さんが本当に表情も芝居も原作を忠実に再現するために、常に原作見ながら作業していたのが印象的でした。
— 川上雄介🥚 (@kawakami_yu) 2022年2月26日
神😭😭😭#着せ恋
「その着せ替え人形は恋をする」
— CloverWorks (@CloverWorks) 2022年3月3日
第8話いかがでしたか?
お姉ちゃん大好きな心寿も合流しスタジオの下見。紗寿叶の新たな一面も見られましたね。もうすぐ夏休み、新菜と海夢の二人にとってどんな夏になるのでしょうか。
第9話もお楽しみに!#着せ恋 #CLW pic.twitter.com/1UyuzsFkfo
本話数は原作第21~23話に該当。展開は原作準拠だが印象的なアニメオリジナル要素もあり、それにも触れていきたい。
物語面
本話数ではAパートとBパートでエピソードが異なるが、タイトル通り逆光*2という共通のキーワードがある。また、Aパートでは雨降りしきる廃病院、Bパートでは晴天の江の島とガラリと場所の雰囲気も変わる。
ファミレスにて、人見知り気味な心寿がカメラの魅力や姉の紗寿叶への熱意を語る。自分がアニメやコスプレに熱中しているように、誰かが熱中している様子もまた等しく愛おしい海夢。原作では中身の分からなかったメロンソーダもイメージにピッタリ。
海夢「心寿ちゃんはコスしないの?」
不意に突かれる海夢からの言葉。言い淀む心寿の様子からは実の姉にも明かせない内なる想いがあることを窺わせる。
心寿が廃病院の窓ガラスの前で逆光の良さや撮影方法を解説。この辺りは原作だとイメージ画像だったが、アニメでは心寿が実演。色の付いたアニメならではの視覚的に分かりやすい比較描写。
廃墟に怖がり座り込む紗寿叶に寄り添う新菜の姿。引っ込み思案な性格でも優しさが滲み出る。ギャグ寄りの表情もありそこまで暗い場面ではないが、引きの画面が紗寿叶の恐怖心を強調させる。
紗寿叶の回想シーン。ディスプレイされたコスプレ衣装に重なる紗寿叶の姿。アニメオリジナル描写。「もしかしたら自分でも...」という期待。帰宅後、そのコスプレ衣装を身に着けた紗寿叶が影からフレームイン。カメラの位置は異なるが、このカットも光源がキャラの背後にあるという逆光を利用した二段構えの見せ方。衣装のサイズは合っていなくとも、その初体験は代えがたいもの。手の届かない憧れを現実にするのがコスプレ。
「一目惚れ」という言葉に自分の原点を想起する新菜。#1冒頭にも描かれた幼少期の回想シーン。数ある中から自分の手で作ったものをお客さんに選んで貰える喜び。鮮明な記憶として残るような逆光。
目や口元に焦点を当てた被写界深度の浅い画面は近年見掛ける機会が増えた。繊細な感情のニュアンスを汲み取る。
変わってBパート冒頭。期末テストが終わり一息つく新菜。頭の動きを境目としたピン送りでセリフの主に切り替え。ここでは教室内のモブのポージングがやたらと目に残る。これまでの話数と異なり、モブの表情が描かれないのっぺらぼうなのも潔い。新菜と海夢の2人の空間であることの強調。
ここまで本作ではあまり校内の描写がないが、学校で海夢とのやり取りがあってもすっかり気にしていない様子。
フットワークの軽さで行き着くは数々のアニメの聖地でもある神奈川県の江の島。実写素材の原型が残ったような細やかな背景美術。うっすらグラデーションのかかった淡い青空が初夏の雰囲気を漂わせる。セルのキャラが存在する空間としては若干浮いている印象も受けるが、それが却って本話数の異質さでもある。より生っぽい芝居作画に合わせたアプローチだろうか。
突然トンビに食べ物を横取りされる江の島あるあるネタ。アニメオリジナル描写。こういった描写も、よりリアリティを生み出す要素の一つ。鳴き声が聞こえないが、直前の上空からのカメラの主はトンビなんだなと。コマ送りしないと捉えられないトンビの姿もしっかり描き込みがされている。
それはさておき、不要な餌付けはダメ!ゼッタイ!
波と正面に交わる位置を真横から映した対面の構図。言葉のキャッチボールのようにセリフに合わせて寄せては返す小波。
雛人形の世界に熱中するあまり、外の世界にはほとんど触れてこなかった新菜。実際に目で見て音を聞き手に触れる。生だからこその体験。手で海水をすくう動作はアニメオリジナル要素だが、その体験の貴重さをより感じさせる。
新菜「いいですね海。綺麗です。」
海夢「じゃああたしと色んなとこ行こーよ!」
「綺麗」、それは新菜にとって特別なものに対する言葉。その対象は奇しくも海夢の名前と繋がりのある海。コスプレ撮影会の帰りでの光景がフラッシュバックする。振り絞る言葉。今すぐにはこの秘める想いが伝わらないかもしれないが、またこうして夢のような時間を共有したい。
冒頭で挙がった一眼カメラの話題を経て、終盤では撮影者としては素人の海夢がオススメされた逆光でスマホ撮影。たとえカメラの性能や撮影技術に差はあれど、得られる感動はつまるところその写真を見た人の感性次第。対比的描写。
そして再び上空を飛ぶトンビの姿。もうこの掛け替えのない瞬間は奪えない。
作画面
本作のOPでもラストの歩きシーンを担当した小林氏が単独で作画監督を担当していることもあってか、全編に渡って実写に近しい"生っぽさ"のある芝居作画が見られる。もちろん、これまでもそうした作画のシーンは度々あったが、本話数ではそれが連続して行われており濃度が違う。加えて、川上氏の絵コンテにより全身が収まる構図で行われているのが驚異的。ここでは個人的に印象的だったものをいくつかピックアップ。
印象的だったシーン
本作の版権を数多く手掛ける他、2022年放送予定の『ぼっち・ざ・ろっく!』では、初のキャラクターデザインを担当することが決定しているけろりら氏。冒頭のファミレスシーンの大部分を担当したと思われる。キャラの顔の描き方が特徴的。アニメーターでありつつ、イラストレーターとしての強みも持つ。ふとした瞬間を写真で切り取ったような動きの無い一枚絵で魅せられる方は貴重な存在。
着せ恋8話原画40~50カットやってました!演出は初コンテ演出の川上くん作監は小林さん総作監は中村さん!お疲れさまでした~
— けろりら (@kerorira1) 2022年2月26日
背景も仕上げも撮影も良い感じにして頂きました!感謝、、、! https://t.co/jryZcCeLG7
— けろりら (@kerorira1) 2022年2月12日
スマホでの電子決済シーン。差し出した手が宙でピタリと止まらないのが細やかで生っぽい。
吉原達矢氏が担当した劇中アニメ『フラワープリンセル烈!!』のアクション。敵の崩れたポージングや靡きの速度変化による緩急付け。敵の顔がリアルで怖い。この劇中アニメは2006~2008年放送の設定とのこと。ただ、当時に寄せたキャラデザに対して、エフェクト表現はデジタルツールでの近代感が出てしまっているのが若干過剰かもしれない。因みに吉原氏が監督を務めた『ブラッククローバー』には、川上氏が#1から参加しており飛躍するきっかけとなった。
「その着せ替え人形は恋をする」8話劇中アニメの原画を担当させて頂きました。フラワープリンセス列!!オススメです。川上さん、小林さん、木村さん、ありがとうございました&お疲れ様でした! pic.twitter.com/afGD3RYWfn
— 𠮷原達矢 (@o_ihs_oy) 2022年2月28日
手
雛人形やコスプレ衣装の製作に当たって自然と手元が映るシーンも多い本作。
主に実線ではなくベタ塗りの影によって手の凹凸を表現。比較すると関節部の凹凸や指先の形状等で老若男女の描き分けもされていることが分かる。場面によっては主線を消失させているが、演出的意図によるものか。より柔らかみのある印象を与える。
芝居
フリッカー笑い。頭から肩、足にかけてまで全身が連動して小刻みに揺れる。各部位で僅かにタイミングをずらして動かされている。目を細めて見るともう実写。この後にも祖父の薫が笑う動作があるが同様の動かし方である。
無言で泣きながら迫る新菜の姿に慌てふためく紗寿叶。丸みを帯びたフォルムで立体的に動く。バストアップのレイアウトでも後ずさりしているのが伝わる。本話数でも特徴的な作画のパートで、コマ送りすると色んな表情があって楽しい。
全身を使った立ち上がり。手足の止まるタイミングがなく、ピンと伸ばした腕が元気溌剌とした海夢らしい。
ラストカット。海夢が走り出す前に前傾姿勢になる予備動作・重心移動が小林さんっぽい。引きの画でも存在感抜群。
重心移動のある歩きや走りは一部分だけでは浮いてしまうものだが、本話数では一貫してその動きとなっているため違和感が全くない。全部良い。
服の皺
コスプレや裁縫を題材にしている本作とイメージがマッチする見せ方。手足の動きに合わせて変化。影も室内の蛍光灯や屋外の太陽光といった光源で色合いも変化。皺は担当アニメーターの個性が表れるいち要素でもあるので、比較してみると面白い。
最後に
同CloverWorks制作で同放送日の『明日ちゃんのセーラー服』と同様、第1話のみならず毎話のように作画や撮影を総合した映像面で見所のある本作。その上で、本話数のように積極的に若手やその役職が未経験の方を抜擢しているのも話題性がある。
共に1クール作品のため、もう折り返してしまっているが、最後まで楽しみにしたい。
第8話、オススメです。
今回はこんなところで、それではまた。
©福田晋一/SQUARE ENIX·「着せ恋」製作委員会